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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)9号 判決 1967年2月18日

原告 星勝商事株式会社

被告 国

代理人 朝山崇 外一名

主文

被告は原告に対し金一四万七、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年一月二〇日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事  実<省略>

理由

一、本件原野がもと礼子の所有であつたが自創法第三〇条に基づく政府の買収処分により昭和二六年三月二日国の所有に帰した事実、及び昭和三三年八月八日千葉地方法務局市原出張所において所轄庁の嘱託にかかる所有権取得登記嘱託書を受理し、その頃これを所定の綴込帳に編綴した事実は当事者間に争いがない。(自作農創設特別措置登記令第一〇条第二項によれば嘱託書編綴のときにその登記があつたものと見做される。)

二、原告は、昭和三四年四月上旬、林之助が原告代表取締役星野勝治郎に対し、千葉地方法務局市原出張所登記官吏がその頃作成交付した本件原野の登記簿謄本を示し本件原野を担保(抵当権)に供することを告げて金借方を申入れた旨主張し証人高橋林之助の証言(第一、二回)及び原告代表者尋問の結果(同上)中には右原告の主張にそうものがあるけれども、右証言等は弁論の全趣旨に照してにわかに信用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

三、しかして、(証拠省略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実即ち原告は肩書地の本店において金融業を営む傍ら昭和三四年四月頃訴外神東青果株式会社から川崎市南町所在の店舗(被告主張の川崎店)を賃借し右店舗において靴、貴金属類の販売業等を営んでいたところ、代表取締役星野勝治郎は知人の訴外高橋久芳を通じて林之助を紹介され、右店舗の使用人として雇入れていたが、数ヶ月後同人が以前貴金属商を営んでいた経験があつたところから同人との間に以後右店舗での営業を独立採算制のものとして営業資金を原告が支出することとして同人に経営を委ねる旨の契約を締結し、(ほかに原告から依頼を受けて賃料、貸金の取立等の事務も担当)これに基いてその頃から仕入資金に充てさせるため前後数十回に亘り金員を交付したこと、ところが、その営業成績が思わしくなく、加うるに林之助が交付を受けた仕入資金を自己の生活費に流用する等不健全な運営をしたために出資金の回収が覚束かなくなつたので原告は昭和三四年一一月一二日頃林之助との間でそれまでの出資金等の総額を一〇〇万円に近いものと見積もり、将来さらに出資すべき分を含めて一〇〇万円とし、これを林之助個人に返還させる趣旨で同人に対する貸金債権とする旨の契約を締結したこと及び右貸金債務及び林之助の原告に対する将来の、右委任契約上の債務につき本件原野を担保に供させるため林之助を通じて前記出張所から(証拠省略)の登記簿謄本の交付を受けたところ、右登記簿謄本に買収事項等の記載がなかつたので、原告側では本件原野が未だ礼子の所有に属しているものと誤信した結果礼子の代理人と称する林之助と本件原野に極度額金一〇〇万円(与信契約の存続期間二年間)の根抵当権を設定する旨の契約(尤も同契約においては形式上の主債務者を礼子としている。)及び被担保債務不履行のときはその代物弁済として原告が本件原野の所有権を取得しうる旨の停止条件付代物弁済契約を締結したうえ同年一二月頃、根抵当権設定登記及び所有権移転仮登記を申請したことが認められる。証人高橋林之助の証言及び原告尋問の結果(いずれも第一、二回)中以上の認定に牴触する部分はにわかに信用できない。なお、成立に争いがない(証拠省略)によれば、林之助は昭和二九年頃礼子の代理人として芳村ふみ子と同人に本件原野を売却する交渉をしたことがあり、その際芳村ふみ子の調査により本件原野が既に政府の買収処分により国の所有に帰していたことを知つた事実が認められるところ、(証拠省略)中には林之助が原告代表取締役星野勝治郎に(証拠省略)の登記簿謄本を示した際、本件原野が既に買収処分によつて国の所有に帰していることを告げた旨の供述及び記載があるけれども右証言等は弁論の全趣旨に徴してにわかに信用し難いものがあり、他に原告側が買収の事実を知つていたことを肯定すべき証拠はない。

四、ところで政府が自創法第三〇条の定めるところにより土地を買収した場合に登記官吏が登記嘱託書を綴込帳に編綴したときは当該不動産の登記用紙中表題部欄外に買収事項等を表示しなければならないものとされている(自作農創設特別措置登記令施行細則第四条)ので登記官吏は爾後作成する登記簿謄本には同様の表示をすべき義務がある(不動産登記法第三五条の二)。しかも一般に不動産の登記簿謄本は当該不動産についての権利の設定移転その他の取引に関して権利関係を知るために利用されるのであるから(証拠省略)の登記簿謄本を作成交付した登記官吏がこれに買収事項等の記載を遺脱したことはその職務を行うについて過失によつて違法な処置をしたいものというべきである。

また(証拠省略)、並びに弁論の全趣旨を総合すれば、林之助は礼子(昭和一二年一二月二一日生れ)を養育しその財産を管理し、同人の実印等も保管しており礼子が成年に達した後も引続き同様の関係にあつたところ、前記根抵当権設定等の契約締結に際し林之助は原告に対し本件原野が礼子の所有でこれに根抵当権等の担保権を設定するについては礼子の了解を得ている旨虚構の事実を告げたうえ、礼子の印鑑証明書(前記甲第一七号証の一)及び礼子名義の委任状等を交付し、右契約について作成された根抵当権設定契約書(甲第六号証)に礼子の氏名を記入し捺印する等の行為をした事実が認められるから、反証のない本件においては右事実と前記登記簿謄本を示された事実と相俟つて昭和三四年一一月一二日頃には原告代表取締役星野勝治郎は本件原野が礼子の所有であつて林之助がこれに根抵当等の担保権を設定する権限を有するものと信じていたし、そのように信ずべき正当の理由があつたものというべきである。しかして前示事実によれば原告は昭和三四年一一月一二日以前には林之助に対する債権について担保の提供を求める意思があつたとは認め難く、右意思が認められるのは同月一二日以降とみるべきであるので原告が同日以前に支出した金員については被告の責任を論議する余地がない。しかるところ、(証拠省略)によれば原告は林之助に対し前記委任事務処理に関して商品仕入資金に充てさせるために昭和三四年一一月一七日頃別表(26)の金一二万七、〇〇〇円(金一〇万円と金二万七、〇〇〇円の二口)同月二七日頃別表(28)の金二万円合計金一四万七、〇〇〇円を交付したこと、右金員はその返還は本件原野により担保されるものと信じて交付されたものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。なお原告主張の別表(27)の金一万六、二九七円、同(29)の金九万六、〇〇〇円及び同(30)の金九万三、八五〇円の各金員についてはいずれもそれが昭和三四年一一月一二日以後林之助に交付されたものであることの確証がない。しかも成立に争いがない(証拠省略)によれば、川崎店の営業成績が挙らず林之助が無資力で前記一四万七、〇〇〇円の出資金の返還が得られなかつたため、原告は右出資金相当の損害を蒙つた事実が認められるところ、(証拠省略)によれば礼子が昭和三五年一二月一七日本件原野を買戻したうえこれを訴外財団法人千葉県開発公社に代金一、三〇〇万円で売却した事実が認められるので、かりに本件原野に根抵当権等の担保権が設定されていたとすれば、その担保価値は充分であつたことが明らかである。それ故原告の損害と(証拠省略)の登記簿謄本を作成交付した前記登記官吏の過失による違法な所為との間には林之助の詐欺的行為が介在するけれどもなお、相当因果関係があるものというべきである。即ち原告の蒙つた損害は国の公権力の行使にあたる公務員である登記官吏がその職務を行うについて過失により違法に加えたものというべきであるから被告は原告に対しこれを賠償する責に任ずべきものである。

五、なお、損害額の算定につき被告は被害者である原告には本件原野の所有権の確認について過失があつたからこれを斟酌すべきであると主張するので検討するに、登記のある不動産について所有権を確認するには特段の事情がない限り登記簿謄本の交付を受けて調査するのも適宜な方法というべきであつて、本件においては原告もその方法によつたものであるところ、原告が偶々金融業者で代表取締役星野勝治郎が担保物の取扱に手馴れているということは特段の事情とみるべきではなく、他に特段の事情を認めるべき証拠もないので賠償額の算定につき原告に本件原野の所有権の確認上斟酌すべき過失があつたとすることはできない。

六、以上の次第で、被告は原告に対し金一四万七、〇〇〇円の損害を賠償する義務がある。ところで原告は損害賠償債務の不履行による遅延損害金として日歩八銭の割合による金員の支払を訴求しているが、右の利率による遅延損害金の支払を求めうべき法律上の根拠を明らかにしないので、民法所定の年五分の限度においてのみこれを認容すべきである。

よつて原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して主文のとおり判決する。

なお仮執行宣言の申立は相当でないからこれを却下する。

(裁判官 石田実 宮崎啓一 松井賢徳)

貸付金明細表(省略)

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